P音考
http://www.utougi.com/hogen/pon.htm
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明治31年1月、上田萬年(かずとし)という言語学者が発表した「P音考」と題する論文がある。 有東木の方言で紹介した「ぱしる」を始めとする語頭が「ぱ、ぴ、ぷ、ぺ、ぽ」で始まる言葉の秘密がここにある。言語学者でなくとも大変興味深い。
一言で言えば、曰本語は、古代にはH音「はひふへほ」の発音がなく、代わりにP音「ぱぴぷぺぽ」と発音していた。それが下記のように、変化し(訛って)現在のH音になったというのである。
P音「ぱ,ぴ,ぷ,ぺ,ぽ」
↓
F音「ふぁ,ふぃ,ふ,ふぇ,ふぉ」
↓
H音「は,ひ,ふ,へ,ほ」
P音考はこれを色々な角度から見事に証明している。
したがって、訛ったのは共通語で、有東木に残るP音こそ元々の曰本語なのである。P音の残存の大半は琉球のみで、本州の、しかもほんのちょっとの山奥で「P」を残しているのはとても珍しい現象である。最初に発見した人はさぞびっくりしたことと思われる。
ここでは「P音考」第一~四のうち、一~三の原文およびP音の情報を下さった北海道恵庭(えにわ)市のSさんの解説、そして管理人の独断と偏見を織り交ぜて「P音考」の概要を紹介いたします。
第一 濁音「ばびぶべぼ」の清音は「はひふへほ」ではない。「ぱぴぷぺぽ」である。
もし、濁音が清音からでるものならば、つまりダ行がタ行よりでて、ガ行はカ行よりでるものならば
T(たちつてと) → D(だぢづでど)
K(かきくけこ) → G(がぎぐげご)
B音の出た清音は決してH音でもなく、F音(ふぁ、ふぃ、ふ、ふぇ、ふぉ)でもない。つまり、純粋な唇的清音P音でなければならない。
× H(はひふへほ) → B(ばびぶべぼ)
× F(ふぁ、ふぃ、ふ、ふぇ、ふぉ) → B(ばびぶべぼ)
○ P(ぱぴぷぺぽ) → B(ばびぶべぼ)
なぜならば、H音は唇音(しんおん:上下の唇の間で調節される音)ではなく純粋の喉音(こうおん:息を喉で破裂、または摩擦させて出す音)だからである。このことは、それぞれを発音する時の唇や舌の動きを感じ取ってみれば、明白である。「TとD」、「KとG」は違いがわからないくらいよく似ている。しかし「HとB」、「FとB」は明らかに違う。そこへいくと「PとB」は実によく似ている。両者とも唇の先っぽで発音している。
五十音図はサンスクリットの言語学を基にして作られたものだが、サンスクリットではk-s-t-n-p-m-y-r-l-v-hという配列(口の奥で発音→口の先っぽで発音の順)になっているのに、現在の曰本語の発音ではp,hがおかしい位置にある。現在P音は半濁音と呼ばれているが、清音として「は」の位置にあるべきではないか。
サンスクリット a k s t n p m y r l v h
五十音 あ か さ た な は ま や ら わ
濁音 が ざ だ ば
半濁音 ぱ
室町時代の謎謎に「母は二度出会い、父は一度も合わない、これは何か。答えは唇」というものがあるが、これは室町時代の京都では母を「ふぁふぁ」、父を「てぃてぃ」と発音していた証拠である。
第二 H音は昔からある音ではない。昔からあったのはP音である。
次の表はサンスクリッピ籞(古代インド語:梵語)を写すのに用いられたものである。 太字の漢字は皆H音であるべきものである。しかしか行に発音させられる理由は、当時の我国にH音がなかったため、これの類似のK音に写したと考えられる。昔の曰本にH音が無かった証拠としてあまりある。
Sunskrit(古代インド語) → 漢音(曰本に伝える時当てられた漢字)
Arahan → 阿羅漢(あらかん)
Maha → 摩訶(まか)
Hami → 哈密
Hasara → 鶴薩羅
Rohu → 羅胡
第三 アイヌ語に入った曰本語にも証拠が残っている。
アイヌ語はP音、F音、H音を区別する言語である。しかし次表のアイヌ語がある。
アイヌ語の元になった曰本語 → アイヌ語
針(ぱり→はり) → Pachi
量(ぱかり→はかり) → Pakari
箆(ぺら→へら) → Pera
柄杓(ぴしゃく→ひしゃく) → Pishako
骨(ぽね→ほね) → Pone
振(ぷり→ふり) → Puri
これらは、古きアイヌ語に入った曰本語ではないだろうか。もし新しく入ったのなら、P、F、H音を区別するアイヌ語がなぜその音で伝えなかったのか。つまりまだ曰本語がP音を使っていた古き時代にアイヌ語に入ったため、そのままの発音、P音で伝わっているのである。
第四 省略